「人生時計」という考え方が腑に落ちなかった話。

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「人生時計」という考えをご存知でしょうか。

「人生」を「1日の時間」であらわし、分かりやすく捉えようとする考え方です。

「人生時計」の考え方

たとえば、人生が80年だとすると、20歳

 24(時間)÷(80(歳)÷20(歳)) = 24(時間)÷4 = 6(時) 

という計算で「朝の6時に相当」します。

計算フォームを作ったので、もっと細かい値が気になる方はやってみてください。



10歳おきに列挙すると

10歳 ⇒ 3時 
20歳 ⇒ 6時
30歳 ⇒ 9時
40歳 ⇒ 12時
50歳 ⇒ 15時
60歳 ⇒ 18時
70歳 ⇒ 21時
80歳 ⇒ 24時

みたいな感じになります。

「人生時計」は妥当な考え方なのか?

僕がこの概念を知ったのは、ちょうど10代後半でした。

たしか当時、「20歳くらいはまだ朝の6時くらいだから、人生焦らなくても良い」みたいな文脈で紹介されたのですが、正直あんまり腑に落ちませんでした。

それはなぜか。

 

 

 

 

いや、いつ寝るねん…!」

 と思ったからです。笑 睡眠は大事です。笑

「人生時計」:改造版

さて、今回ふと「そういえば昔そんなことを考えていたなぁ…」ということを思い出したので、睡眠時間を勘定に入れた人生時計も作ってみました。笑

適度な睡眠時間には個人差や年齢差があるようですが、だいたい8時間くらい睡眠をとるのが良さそうなのでデフォルトの値を8時間にしてみました。(変えられます)

それがこちら。



…このように人生を午前8時スタートの16時間という基準にとすると

1歳が12分経過相当」で「20歳で昼の12時相当」になります。

歳を重ねれば重ねるほど時間の経過が早く感じるということもよく言われますし、20歳で人生(1日)の後半に突入していくという認識は、もしかすると実際の体感に近いような気もします。

でも、「たとえ」は「たとえ」

…と、こんな感じで当時は腑に落ちなかった「人生時計」ですが…

今は「どっちにせよ「たとえ」は「たとえ」だよな」と思います。

たしかに、「たとえ」は抽象化された類似点の提示によってさまざまな事象の理解を助けてくれます。

しかし、反対に「比較するために捨象されたもの」の中に重要なものが含まれている可能性もあるので「たとえ」だけで物事を理解しようとすると、事実から遠ざかることもあるのではないか?と思います。

…そもそも実際は「人生を何年とするか」の時点で本当は分からないことですからね。笑

ただ、「人間は何の指標もなく人生という暗闇を歩くのは心許ないので、こういうことを考えて松明を持っている気分になりたいのかな」というような気もします。(比喩の機能面について軽くディスった直後に暗喩をかましていくスタイル)

あるいは、 焦っていると思ったら睡眠時間無しの人生時計を見て、怠けていると思ったら睡眠時間有りの人生時計を見る みたいな感じもアリかもしれないなという気もします。

…あんまりオチがまとまらない感じになってしまいましたが、、、笑

「睡眠時間込みの人生時計」、話のネタにでもしていただければと思います!

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